ストーリー
闘いの序章
税理士・飯塚毅は自分の故郷である栃木県鹿沼市と東京に会計士事務所を構えていた。飯塚の信念は「一円の取りすぎた税金もなく、一円の取り足らざる税金も無からしむべし」。そんな飯塚会計事務所に突如として税務調査が入った。やがて税務調査は会計事務所のみならず飯塚の顧客たちにも及んでいることが判明する。とまどう職員たちとおびえる顧客たち。「調べられて困ることは何もない」、飯塚は敢然と言い放つが、それが実に7年にも渡って続く、飯塚と国税庁・国税局の闘いの第一章だった。
飯塚の顧客の多くは大企業に比べて、遥かに脆弱な経営基盤しか持たない中小企業の経営者たちだった。飯塚は、法人税基本通達二六五(当時)を根拠として、円滑な経営のために「別段賞与」という節税制度を勧めていたが、関東信越国税局はそれを認めてはいなかった。飯塚は国税局に対し別件で税務訴訟を起こしていたが、今回の税務調査はそれに対する嫌がらせの意味が含まれていたのだ。国税局はそのうえ飯塚に脱税指導の嫌疑をかけてくる。
国税局の狙いは飯塚の税理士資格の剥奪にあるようだった。資格を剥奪されてしまっては元も子もない。誰もが飯塚に訴訟を撤回するよう忠告する。飯塚の大学の恩師であり、今では国税庁の顧問を務めている各務(夏八木勲)もまたそう忠告した。だが、飯塚の信念は揺らがなかった。
絶体絶命!
飯塚は関東信越国税局の竹内(三田村邦彦)と面会する。竹内には三年前、飯塚に所得税の更正処分を撤回すべし、と詰め寄られ、満座の中で恥をかかされた記憶が残っていた。ここぞとばかりに権力を振りかざす竹内。竹内は「このままでは国税局全体を敵に回すことになる」と飯塚を恫喝する。
税理士法違反の容疑で飯塚の自宅にも強制捜査が入った。翌日の新聞には「税理士が脱税を指導か」、「国税庁、一斉に捜査」、「会計事務所を摘発」といった見出しがおどった。飯塚が「別段賞与は合法的で何の問題もない」と語ったことは、わずか一紙の片隅に載ったに過ぎなかった。
飯塚は社会的に抹殺されたも同然だったが、当局はさらに追い討ちをかける。飯塚の600件以上にのぼる顧客の切り崩しを図り始めたのだ。飯塚会計事務所と解約した時点で税務署が指導に入り、協力に応じれば調査は無かったことにする・・・。飯塚は絶体絶命だった。
家族に支えられて
飯塚には三人の子供たちがいたが、この事態にそれぞれとまどいが隠せない。 が、妻るな子(松坂慶子)だけは、夫を信じ、静かに寄り添うように彼を支えていた。そんな中、飯塚に思わぬ援軍が現れた。社会党の“岡忠”こと岡本忠五郎代議士(田山涼成)。元来、正義感の強い岡忠が、税務署が一税理士の顧客の切り崩しを図っているという話を聞き、これは弾圧だと息巻き始めたのだ。岡忠の活躍により飯塚家には再び平和が戻ったはずだった・・・が。
事態はそれでは収まらなかった。昭和39年、国税局による飯塚会計士事務所への 第二次調査が開始されたのだ。そして、職員4人が脱税指導の容疑で逮捕されてしまう。飯塚と国税庁・国税局の対決はいよいよ本格化して行く・・・。
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